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:: 2009/9/8 火曜日::

■[漫画]北河にフラグが立った…!「しなこいっ」2巻

しなこいっ 2 (CR COMICS)
著者/訳者:黒神 遊夜
出版社:ジャイブ( 2009-09-07 )
定価:¥ 590
Amazon価格:¥ 590
コミック ( ページ )
ISBN-10 : 4861767075
ISBN-13 : 9784861767074
作者サイト:白花雨&ぐりーんぺっぱー

剣道、そして短剣道漫画のはずなんですが、
1巻で登場した大胸筋サポーターのインパクトが強く、
何とも言えない印象が強かった本作ですが、
2巻では更に驚くべき新事実が発覚し動揺が隠せません。

まさかなぁ…、柳生新陰流を使う道場師範の正体が…
そして長竹刀を使う北河とごにょごにょ…
これはネタバレしたらインパクトが弱くなってしまうので、
是非読んで確認して下さいとしか。(笑

剣道漫画で序列とか番号とか出てきて、
しかも鳴神家のお家事情とか、龍之介の母親とか、
色々と事実が出てきて盛り上がってきてますが、
個人的に注目すべき点は鳴神のお嬢さんが所謂ヤンデレなことだと思います。(ぉ

2巻後半では更に2人の番号持ちが出てきたのですが、
片方が黒髪ヒロイン系で結構見逃せない感じです。
ただ、鳴神のお嬢さんに仕えるメイドさんも見逃せませんね。
雑誌掲載時にまさかとは思いましたが、描き下ろし4コマで確信しました。
やはり今流行の男の娘メイドでしたね…!

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 Comments (2)

2 Comments »

  1.  やー、一巻の時点では、果たしてこの先どうなるものかとストーリーにも方向性にも心配しておりましたが、二巻にて漸く、物語に一歩、脚を踏み入れた感じですね。「しなこいっ」については、詳細は下記の通りですが実はかなり期待しているところがあるのです。や、舞台が地元だからということも影響しているのですがねw ド○ラを捕まえては駄目よーw
     しかし、猪口安吾師範には私も一巻の時点で「え? 実はちょっと倒錯している、後のそっち方面担当キャラ?」と思っていたのですが、まさかのまさか、柳生月影の太刀、飛燕で来ましたか……。私も完全に身体と精神を乖離させられましたよ……!
     はい、私も鳴神のお嬢さんがヤンデレなのは非常に注目度が高いと思います。ていうかこの人も蜻蛉構えかよぅ!? って突っ込みましたがカバー裏イラストでほやや~っと来ました。ああ、もうこのお人はプレネールさんにしか見えない……。
     しかし、二巻の引きは結構、猪口安吾師範が危ない展開になるのでは……!? 性格的にも実力的にも猪口安吾師範は大好きですので、何とかメインキャストのまま踏ん張っていただきたいところ! お年を召して厳しいかとは思いますが、剛剣同士、年の功で勝っていただきたいですね。こんな美味しい方が早々に退場なんて、悲しすぎます。

    (以下、一尺の短刀を扱う人間としての嘆き。いつも通りの長文です)
     一巻を読んでいて、まずは気がついた難点を先に記します。はっきり申し上げましてこの物語は「竹刀を使用することを前提としているため、実戦という方面からすれば全く参考にならない」という点が確かに目に付きます。実戦では実力差が何であろうが例え運のみであろうが、「負けた方が死ぬ」ので基本的に現代剣道のような、一騎打ちを前提とした実戦に於いて「捲土重来」はあり得ないのですよ。何しろ、真剣を用いた立ち会いでは、必ず一方の死を以て試合終了とするのですから。「試合」というか「死合」というか、これが戦なら現代戦に至るまでの戦で、島原の乱を除けば最も兵損耗率が高かった戦は第四次川中島合戦ですが、それでも全軍の四割に至りません。が、一対一の真剣勝負というものは、必ず両者のいずれかが死亡するため、兵消耗率は実に五割。「百戦錬磨」というのは、実は「百戦を経て死すことなく生き残った」という信じられない称号です。
     このマンガが成り立っているのは「大刀だろうが小太刀だろうが、竹刀の一撃が常に均一な打撃力を持つことを前提とされている」点に尽きます。例えば、一巻にて雑賀くんが諸手で打ち込んだ大刀を、桜が片手の小太刀で受けましたが、実際の小太刀と大刀で立ち会っていれば、小太刀が大刀の斬撃を支えられず、防御ごと打ち破られて終わりです。三尺八寸の大刀上段を馬鹿にしてはいけませんよ?(といいつつも、これは竹刀だからこそ扱えるのであって、現代刀の三尺刀なんて居合経験者でも扱いません。どんな熟練者でも精々が二尺半です)。対して桜は二尺満たらぬ脇差。実際の真剣なら脇差も支えられぬでしょうから、腰刀か三寸ほどの鎧通しが精々です。万が一、竹刀と同じ型の剣を桜が扱うことが出来たとしても、「握りが片手分しかない」のであれば同じこと、剣を諸手で握るわけは何も打ち込み時の威力を増すためだけでなく、防御時の梃子の原理を利用して上手く斬撃を流すことにあります。殊に上段構えの剣は踏み込みと体重、それに重力と剣の重さが全て加わりますから、肩口に来る袈裟切り逆袈裟に対しては柄の尻を握ることが出来ない以上、肩口にて峰を当て支点を取って、間合いを詰めながら受けた刀身を滑らせて鍔元で流すしかないんです(この防御法も、相手の斬撃如何によっては途轍もなく博打なのですけれどね)。基本的に小太刀や脇差しを主に闘う剣技は、大刀と対峙した場合「必ず先手を取られる」と考えていただいて構いません。だからこそ、「如何に相手の初撃を、間合いを殺した上で鎧通しでも受けられる鍔元に迫るか」が肝になるわけです。「間合いを開けて下がりゃーいいじゃん」と思われるかも知れませんが、「自分の攻撃を当てるためにも短刀側は絶対に前に出る以外、選択肢がない」のです。攻めなければ勝てませんから、当然のことですね。下がれば下がるほど相手の連撃も襲ってきますし、射程で劣る武器が勝つには前に出るしかないのです。
     私も短刀、というかグルカ・ナイフ式のマチェットとバックアップにサバイバル・ナイフ(というと格好が良いですが、要は万能ナイフですね。サバイバル・ナイフは決して戦闘用のコンバット・ナイフではありませんので、お間違えなきよう)を使用しているので分かるのですが、マチェットなら兎も角として、サバイバル・ナイフで「一撃で即死させることはほぼ不可能」です。少なくとも、私は刃物を握って十年以上になりますが、私の腕では間違いなく無理です。断言できます。「致命傷を与える」ことなら可能なのですが、「一撃でもって即死させるのはほぼ不可能」なんですよ。恐ろしく分かりやすい例を挙げますと、首筋を三センチほど斬り込むと完全に頸動脈を断つことが出来るので、これを成し遂げられれば致命傷です。傷を受けた相手は即座に結紮縫合するか焼灼止血でもすれば助かる可能性もありますが、戦闘中に離脱を許すほど甘くもありませんしね。ですが、「頸動脈を断ったからと行って即死するわけではない」のですよ。それどころか最も出血量が多い頸動脈を断ってすら、最低でも一分は生きながらえます。
     ですから、小太刀や脇差しを使用した戦闘というのは実に地味です。狙うのは皮膚が薄くかつ直下に重要な組織がある箇所ですが、「一撃で即死を狙うことが出来ないと分かっている」以上、地味に削っていくのが基本なのですよ。小手内は動脈が、上腕部内側は動脈ついでに筋肉も断つことが出来ます。そして腋下動脈、股関節よりやや下の大腿部内部にある動脈。骨を直接、ポイントで削ることも出来るので、痛覚を極限に刺激することが出来る肘や膝、それに意外ではありますが、手の甲をポイントにて引っかけるように振り抜くと、骨が傷ついてその掌は碌に握ることが出来なくなります。逆に、マンガや映画のように首より上(頸動脈や頭部)はまず狙いません。並に攻めても頭部への攻撃に対する反応は身体の中で最速であるため、まずかわされます。しかも離れ様に打ち込むことが出来ず真正面から向かうしかないので、自分から間合いを詰めて眼球の近い箇所へ攻撃を行わなければならないわけです。故に、大概はかわされた上で反撃されてジ・エンドですね(あ、動脈の位置を知っておくと間接圧迫止血法に使えますから、実に便利ですよ)。
     逆に、短刀でも確実に致命傷を狙える箇所といえば、主に突きが主となってしまいます。割と成功率が高いのが、顎下から口腔まで貫通させること。無論、両目を同時に薙げばそれで勝負は決まりますが、最も反応が早い頭部眼球への攻撃が決まることなど滅多にないですから、完全な視界の死角である顎下から突く方が成功する確率が高いわけです。後手できちんと打ち込むことが出来れば、反撃の心配もなく即死させることが出来ますし、この攻撃のみは相手の攻撃を外側にかわし、すれ違い様に側面から死角となる顎下へと突き上げることが可能なので、寧ろ突かずとも顎下の顎関節の終わり当たりを薙げば、此処にも動脈が通っているのでそれで戦闘は終わりますね。で、上から順に即死する急所を挙げていきますが、次は鎖骨下にある動脈部。ここは武器を逆手に持って突き刺さなければなりませんが、そのまま正中線に達するように突き刺せば気管も潰すことが出来るので、何とか即死させられる確率はあります。が、やはり相手の真正面に身体を進めなければならないので、途轍もなく危険です(しかも逆手に刃物を構えるので、順手に持つよりも遥かに間合いが狭まります)。確実に絶命させるにはやはり、臓器を狙うのが一番なのですが、小太刀で臓器を狙うのははっきり申し上げまして無謀ですね……。が、一応は記載を。心臓や肺は肋骨にきちんと守られているので、小太刀では無理です。ですから胃を刺すか、どうしても肺や心臓を狙いたい場合は、肋骨下の脇腹から突き上げます。背後を取ることが出来たなら、腰より少し上の両肝臓を背中側から思い切り刺せば即死します。
     「なんだ、意外とあるじゃん?」と思わないでください。小太刀で即死の急所を突こうと思うと、「自然と攻撃手段が突きになる」点と、「定点攻撃なので確実に急所狙いだということが露呈してしまう」のです。しかも今挙げた急所は概ね胴体正面にあるので、懐を深く構えられたらどうにもなりませんし、突きなので深く刺すためには「肘を利用して突き上げる」か「肩を利用して腕を完全に伸ばす」の二通りしかないのです。剣で最速かつ最もかわしにくく、しかも致命傷を与えやすいのは確かに突きですが、それは間合いを生かして切先のみで貫くように、突いた後は貫通させず、即座に戻すことが前提なのです。突きは「突く」→「止める」→「戻す」→「構える」の四アクションが必要なので、大刀でも余程の腕の立つ方しか扱いません。況や間合いが短く、定点を狙うことでしか急所を突くことが出来ない小太刀。外せば手首を抑えられてジ・エンドです。少なくとも、相手が戦意溢れた人間なら突きは駄目です。しかも、小太刀やナイフは強く薙いでも厚めの綿製衣服すら裂く威力もありませんから、それこそ馬庭念流みたいな闘い方になります。相手に打ち気を生ませてその隙を打つ。ですから、ナイフは「確実に当たる時にしか出さない」。他は前蹴りでの間合い牽制かつ膝を潰す。ジャブで目を眩ませて軽くでも良いから僅かな隙を狙ってナイフで皮膚を裂き、出血を誘う等、本当に地味ですよ? 寧ろ、「ナイフを当てるまでに繋ぐ敵の体勢の崩し」が最も重要ですから、小太刀の扱いより体術の方が遥かに重要です。それでも、相手が防刃ジャケットや総革ジャケットなどを着ていたら、素直に逃げましょうね。ナイフなぞ映画みたく格好良くは行かないものですから、逆に、泥臭くても勝てばよいわけでして、ですから、短刀を扱う場合は打ち組みが必須となるのです。
     でしたら大刀はどうなのかといいますと、刀は「ぶった斬った者勝ち」なので、急所でなくても致命傷を負わせられるのが最大の利点です。三尺刀を大上段からまともに袈裟懸けに喰らえば、大概が防御ごと真っ二つなので、かわしましょう。脇腹の水平薙ぎもすれ違い様の引き胴なら、脇腹から入れば下手をすると背骨近くまで断ち切ることが出来ますから、「普通の攻撃すら喰らえば致命傷になる」ことが実に多いのですね。しかも私の場合、マチェットだろうがナイフだろうが闘い方は後の先を取るという同じ方式なので、正眼に三尺刀を構えられた人間とは絶対にやり合いたくありません。勝ち目がないです。三尺の間合いを詰めない限り一切、こちらの攻撃が当たらないというのは鬼ですか? 悪魔ですか? 不用意に深入りすれば小手を裂かれるだけですし、常に間合いを保たれて削ることのみに徹せられた場合、為す術無しです。

     というわけで、「小太刀が大刀に立ち向かう上での不条理」を嘆いてみました。敵の攻撃は受けられないわ、喰らったら一撃で致命傷だわ、こちらの攻撃が当てられないわ、当てても一撃では絶対に終わらないわと、まぁ不利な条件ばかりなのです。単なる「スポーツ剣道」相手なら、例え段持ちでも互角くらいには持ち込めると思うのですが、実戦剣術相手には……。
     ちなみに触れておきますと、何故に「スポーツ剣道」が相手なら割と楽かと申しますと、「スポーツ剣道」は「前に出る」か「後に引く」の二通りしか動きのパターンが無く、しかも必ずその動きには攻撃が付随してきます。裏を返せば「激しく動くときは必ず攻撃が付いてくる」わけで、しかも詰まった間合いに対しては「引き面」「引き胴」「小手返し」のいずれか派生技で「わざわざ当たるかどうかも分からない攻撃をしかけながら下がってくれる」ので、攻撃さえ防ぐことが出来れば間合いに付いていくことは割と簡単なんですね(無理に攻撃せずに、引きながら相手の動きに合わせて正眼に構え直し、牽制しながら間合いを直すという行為を、何故かスポーツ剣道はしないのですよ。どうしてでしょうね? これは本気でよく分からないです)。この場合は必ず間合いが詰まった状態でしか出してこないので、離さなければこちらが主導権を握ることが出来ます。鍔迫り合いに持ち込まれた場合も、相手は「鍔でしか押してきません」から、膝で腹を蹴上げるなり、足の甲(急所)を踵で踏み抜くなり、懐剣を抜いて腿でも刺すなり、相手が「ルール」に縛られている限りは、幾らでも付け込みようがあるんですね……。少し高度な技ですと、諸手で握る相手の剣から伸びた踏み込み脚側の肘間接を上から手前に引いてつんのめさせ、右側面に回りながら肩口か奥衿を掴み、最後は腰に乗せて崩れた体落としの様な形か、もしくは相手の両足を右足で刈って投げ飛ばすことも可能です。スポーツ剣道は刀を放すという行為を知りませんからね。鍔で競りながら頭突きするとか、下がりながら切先を間に入れて牽制し、間の主導権を取り直すとか、他にも色々と方法があるのですが……。よしんば相手に先手を取られた場合でも、攻撃方法は「面」「逆手の胴」「喉への突き」「小手打ち」の四通りで、しかも攻撃時はわざわざ相手から間合いを詰めてこちらの射程に入ってくれるわけですから、実に与しやすいです。ストレートに申しますと、スポーツ剣道の選手は「剣道のルールから逸脱する行為に走られると途端に弱くなります」。ルールに守られているからスポーツなわけで、殊に乱戦に持ち込むと弱いみたいですね。常に正眼か中段に構えられて、間合いを絶対に崩さず遠間からちくちくと削ってくる相手に比べたら、どれだけやりやすいことか……!(涙)
     というわけで、長ものに短刀で立ち向かう人間の苦悩を描いてみました。銃剣にナイフで立ち向かうのもこんな感じですよ。桜が使う”跳ね馬”も直線で空中にいるわけですから、桜が出すことが出来る攻撃は必然的に胴がなくなります。となると、桜は右手に片手で剣を構えている為、唯一、打たれる可能性のある小手を嫌うため中段右の防御構えで面と突きにのみ警戒しつつ、刀を前にして身体ごとぶち当たれば、軽量で空中にある桜は為す術無く地面に転がると思うのですけれどね……? 龍之介君も、わざわざ桜に合わせる必要は無い気もするのですが、そういう簡単な設定でもないのでしょうかね、”跳ね馬”は?

     以上! 一尺刀を握る人間としての苦悩でした。まずは防御を主とする後の先と一番相性が悪いのは、徹底的に圧倒的な破壊力で先の先を取ってくる相手です。しかも一撃の後は全く考えない相手と最も相性が悪いですよ……。大暮維人先生が「天上天下」で「武が最も苦手とするのは、生まれながらの強者」といっていたのは、私に限っては完全に事実ですねぇ……。
     えー、「しなこいっ」は先述して「竹刀を使用することを前提としているため、実戦という方面からすれば全く参考にならない」としましたが、実はこのマンガが凄まじいのは、それ以外の体捌きや剣の動きについて、実に合理的な説明が成されている点なのですよ。恐らく得物を竹刀にしたのは「負けても死なないようにするため」ではないかと予想しております。真剣を用いると、決着を以て必ず一方が死んでしまいますからねぇ……。斬り上げの解説なんかが実に見事で、今更ながらに改めて認識させられることもかなり多かったです。確かに、正面からの斬り上げは正面を向く場合に限っては、振り上げる手と軸足が同時に動きますね。剣術でもそういう型が主なのでしょう。しかし、私に限っては防御からの攻撃が主ですから、右利きですので斬り上げは通常、右足の体重移動で行うのですが、前に出すのではなく後に下げてスイッチバックします(あ、ちなみに正面を向いたままの逆袈裟斬り上げなんて、普通はしません。手がつんのめりますよ。スイッチバックして身体ごと回さないと、剣も重さが乗りません)。この動きですと側面に回りながら半身で攻撃に移れるので便利なのですが、これは「身体を前に出すのではなく逆に後に回して、その遠心力で剣を回す」為、原理的には踏み込むことと何ら変わりはありません。が、「しなこいっ」一巻にて猪口安吾師範は「正面を向いて逆脚で斬り上げた」こともさることながら、斬り上げが完璧に連撃の中に組み込まれているのが、見事としかいいようがありません(但し、やはり猪口安吾師範の一巻P.144「逆袈裟の斬り上げ」はどう見ても、上半身だけで回してますよね……。攻撃の、しかも斬り上げに下半身が全く必要ないんですか……。腹筋と膂力のある人は羨ましいなぁ……)。柳生心陰流の「廻し打ち」も実に理にかなった鍛錬法です。私の場合は「米の字に打て」と教わりましたが(「振り下ろし」、「袈裟切り」、「逆袈裟」、「水平薙ぎ」を基本として、後は逆向きに動く斬り上げの太刀を習得すれば基礎は良し、という感じです。剣の軌跡が米の字ですね)、「斬り上げ」に関しては「そこそこ大きい剣を用いなければ意味がない」ので、これは完全に刀の技法ですね。剣の重量がそこそこ無いと斬り上げは全く威力を生まないのですが、唯一、効果があるのが腋下や二の腕内側を狙った斬り上げです。普通、剣が最も威力を発揮するのは自分の体重と剣の重さに重力を加えた上段からの打ち込みです。その点、斬り上げは重力に逆らってしかも重い刀を持ち上げるわけですから、自然と威力が落ちます。此処でしっかりと踏み込んで遅くともそこそこの威力を採るか、早さのみを追求するかですが、基本的に斬り上げは「次の剣への繋ぎ」であることが多いので、付け入る隙を与えないためにも大概が早さを優先します。それでも私は軸足を後に回すことによって剣にも回転を与え、弧を描いて斬撃に変えるわけですが、猪口安吾師範はもろに打ち込んでますねぇ……。どんだけごつい筋力をしているんですか……。
     あ、余談ですが、少なくとも私の体験では少なくとも「剣には二通りの打ち方」があります。一つは「断ち切る剣」。膂力に任せてぶった切る剣ですが、スポーツ剣道の竹刀の動きは全てこれですね。一直線に的へと向かい、竹刀を叩きつけます。この動きだと「叩けても斬ることには向かない」ので身体の動きも極めて直線的になります(真っ正面にどしんと踏み込んで、大上段から切先が直線を描く振り方です)。対してスポーツ剣道で行わないのが「切り裂く剣」ですね。断ち切る剣が強力で真っ二つにするための剣なら、こちらは切り口こそ深くはならないものの、振り抜いた範囲にあるものは大概、切り裂きます。断ち斬る剣は威力が足りないと切り抜く前に剣が半ばで止まってしまうこともあるので、何に付けても威力、ひたすら剣に力を込めるため、剛直なまでに直線の動きで剣に全重力を加えます。対して、斬り裂く剣は前者の直線運動に比べて、全く逆の円運動を主とします。誤解を恐れずいうなら、断ち斬りは「押す」力であるのに対し斬り裂きは「引く」力とでもいいましょうか。
     右利きの方の場合、叩く剣で「袈裟切り」、斬る剣にて「逆袈裟」を行っていただけると分かりやすいです。袈裟切りは「斬る」行為に必要な頭を抑える左手が、斬ろうと思って引くと脇でつんのめってしまうため、左脇にゆとりを持たせるため「前に踏み込んで」打ち込みます。対して逆袈裟は左肘を固定したまま、上腕部と手首の動きだけで剣を上から下まで振り下ろすことが可能であるため、剣は右脇後方に振り抜く形になります。このため、袈裟切りは直線で打ち込んだ方が力が乗って良いのですが、逆袈裟は少し捻るような形で緩い弧を描く軌跡をとると振り回し通いです。袈裟切りは最後まで目一杯力を込めて振り抜くのですが、逆袈裟は「対象に鍔元を当てる形で打ち込み、触れた瞬間、一気に引き抜く」動きになるわけです。
     ……真剣で稽古している方って、「断ち斬り」と「斬り裂き」でそれぞれ、基本の太刀筋が全て出来るのでしょうかね? 剣道と同時に居合道を嗜む方までは存じているのですが、流石に実戦剣法を体得している方までは存じ上げません……。「しなこい」に登場する示現流に至っても、昭和後期の人間は腰が引けていて腕だけで木剣を振っているんですよね……。白黒画像時代に撮影された師範クラスの演舞をビデオで見たことがありますが、こちらは見事に剣と身体が一体で動いてますよ。しかも、あそこまで見事に二刀を扱う姿を見たのは初めてです……。攻撃は下半身が全てなので、腕だけで振り回してはいけないんですよ。これは弓道で学んだのですが、立ちはまず両足の裏の位置、そこから膝、腰、胸、型、肘、最後に両手。全てが合すれば引けぬ弓は無し、という「五重十文字」の思想ですね。これを紐解くと、実は押す剣も引く剣も根本は円運動に変わりないことが分かるのですが(前者が正拳突き、後者がフックですね)、剣道教本を見ても教えないですねー。
     それがこの「しなこいっ」が、信じられないことに私と同じことを数倍、洗練した思想でもって文にしていたわけです! なんだこの方は、何者なのだ!? と文章解説を見てみたら、赤羽根龍夫「江戸武士の身体操作 柳生心陰流を学ぶ」から抜粋とのこと。そんな合理なことが記してある本を今まで見逃していたとは一生の不覚! ということで速攻、注文しました~。これだけでも「しなこいっ」を買った価値があったというものですよ。有り難う「しなこいっ」!
     ちなみに、蜻蛉構えって横から見ると本当に立ち居姿が美しいですよ。現代のように奇声を上げながら、……までは良いのですが、きちんと膝で走っていただきたいですね。全身で走って上体をぶらすと即座に攻撃に移ることが出来ませんし、頭を振っては視力と判断力が極端に落ちますから。

    コメント by Mya — 2009/9/10 木曜日 @ 7:14:46

  2.  実は二巻を見てからずーっと胸中にあるもやもやした澱のようなものが晴れなかったのですが、此処に書き込みまして頭が整理された結果、ようやっとその原因が分かりました。

    「猪口安吾師範が尋常なる立ち会いで龍之介君に負かされたと告げられたにも関わらず、誤解していた桜はその場で龍之介君の左肩を外した上に挙げ句、捻って靱帯まで断ち切ろうとしたにも関わらず、一言もそのことについて謝罪の言葉がない」

     ことです。しかも靱帯が切れる手前ということは、不具の一歩手前ですよ? 左腕を使い物にならなくされかけたという敵のような味方にも関わらず、その相手に障害者にしかけたという事実を笑って流し護衛まで快諾するとは、龍之介君も人がよすぎますよ……。
     ちなみに一度、抜けた間接で「癖にならない」ことは絶対にありません。関節技による脱臼という外傷は、要は球体関節を梃子の原理で無理矢理、骨をぶっこ抜いた上で、治療のためにそれをまた強引に抜いた関節へと嵌めるわけですから、入り口から出るはずもない関節部分を無理矢理、力ずくでぶっこ抜いた挙げ句、それを更にまた大きさ的に入るはずのない元の間接に嵌めるわけです。これがどの様な無茶か、お解りになりますよね? 更に間接を支える筋や靱帯を痛めていますから、どれだけ堅固なテーピングをしても、まずは無理矢理、引っこ抜いたわけですからまずは間接に血が貯まりますし、ぶらぶらの関節状態を完璧に固めることが出来ないですから自然と地味に関節が変形していきます。仮に三ヶ月、完全固定していたとしても、たった三ヶ月では確実に元通りになることは絶対にありません。伸び伸びになった靱帯も完全には元に戻りません。取り敢えずは応急処置ということで吹雪さんに関節を嵌めてもらいましたが、彼女が整形外科医か柔道複製師である保証はありませんから、レントゲン無しで性格に関節が嵌ったかどうかの確認を取らなかった龍之介君は大丈夫でしょうかね……? 嵌ったつもりで後日、きちんとMRI等で精密検査をすると、実は下手をすれば健に傷がある可能性すらあります。健に傷が付くと一生ものなので、二度と元のように動かすことが出来なくなります。それでも関節が正確に嵌っていない時点で、きちんとした関節の復元性を回復させるために必要な処置限界時間は八時間が上限とされていますから、個人的には「本当に大丈夫かなぁ……」という気持ちです。よしんば後遺症がない状態での怪我だとしても、最低二ヶ月の完全固定で様子を見て、経過が良好なら「そこから更に落ちた筋力を戻すためのリハビリをしなければなりません」。この怪我ですとリハビリは大凡、一ヶ月以上。多く見積もって二ヶ月は最低、見たいところです。つまり龍之介君は、元に戻る怪我であるという前提で語っても最低、四ヶ月近くは最盛期の実力を発揮できないことになるわけですよ。
     しかも、肩関節は人間が相当に多用する間接なので、完全に固定しているつもりでもある程度は無意識下で動いてしまいます。あのような激しい運動をする前提での断った二ヶ月固定という期間であれば、どれだけ少なく見積もっても一割以上の確率で反復性脱臼を引き起こす可能性があります。脱臼を甘く見てはいけません。
     上の記述から分かるとおり、亞脱臼くらいなら兎も角、完全脱臼した上で間接が開放状態のまま無理に捻られた場合、まず大なり小なり障害が残ります。脱臼をするくらいなら例え開放性であっても単純骨折をした方が遥かに治りも早く障害も残らないのですよ(きちんと整骨してギプスで固めれば完治に一ヶ月。リハビリも一ヶ月で済みます)。ちなみに、脱臼の完治には普通、半年から更に四半年を加えた期間で確実に後遺症が残らないよう、細心の注意を払って治療するものです。
     つまりはまぁ、桜は北河君に頭蓋骨を割られても全く文句は言えない不届きものです。道場主が道場破りと対峙することを了承し正面から破られたわけですから、そこに意趣返しを持ち込むこと自体、非常識です。龍之介君が猪口安吾師範を破った時点で本来、あの道場は龍之介君のものですから、桜は自動的に彼の門下となるわけで、思考を整理してみると、桜はとんでもないことをしてますねぇ……。

     しかし、幾ら龍之介君が気にしていないとはいえ、詫びの一言もないとは幾ら何でも道義に悖りますよ。「忘れていた」ならもはや問題外です。女性云々ではなく、謂われない理由で他者に再起不能の負傷をおわせかけたという時点で、剣人として完璧に失格です。そこに謝罪無くそのまま流すなどと、今後同断の極み。
     あああ、本当に龍之介君は女運が無くて他人ながら涙が出てきます……。猪口安吾師範はこれ、間違いなく「龍之介君が自分に負けるようなら、そのまま藤林祥乃に引き渡していた」ことでしょう。それは良いのですが、龍之介君と北河君を引き込み五分の戦力と見て鳴神虎春に反旗を翻した、これもまだ良いです。ですが、この一連の動きを戦のみではなくあくまで「交渉の目も残す」のであれば、もう一枚、手札がちらつきますよね?

     「早々に万全ではない龍之介君が倒された場合、彼の身柄をそっくりそのまま引き渡す」ことです。代わりに桜は六番に座ることとなるでしょうが、九番と十番が命じられた「桜を不具にする」最悪の事態は避けられる可能性があります。もとより、龍之介君が下された時点で戦力的に抵抗することは不可能になるわけですから、猪口安吾師範と吹雪さんは北河さんの首を差し出してでも軍門に下るしかありません。吹雪さんも「何があっても何をしてでも、桜だけは守る」と断言していますから、交渉次第で離反の可能性は充分に考えられます。桜を六番に添えることが既に確定事項なら、猪口安吾師範が離反する理由も全くなくなりますから、虎春も政治的な思考があるなら離反の可能性がない十一番をわざわざ潰す真似はしたくはないでしょうし。
     実の所、龍之介君達は前門の虎後門の狼に囲まれてしまう可能性があるのです。しかも、前にいる虎の虎春は龍之介君に対する執着が並ではないわけで、そこに猪口安吾師範が一縷の突破口を見いだす可能性が、まさに後門の狼。
     しかも完全脱臼、物語が終わるまでに完治するのですかね? 逆に「完治するまで連載を続けていただける」なら大歓迎ですが!
     正直な感想を申し上げますと、関節技はそれなりに心得があるので、余り桜の闘い方には期待をしていないのですよ(普通、戦い慣れた人間なら必ずサイド・アームを用意しています。剣人の場合、脇差と腰刀か鎧通しがそれですね。通常、間合いを潰されて無合いになった時点で即座に刀を捨てて打ち組みに入ります。腰刀は抜刀してから刺すまで絶対に一秒かけませんから、飛び関節なんて無謀なことをした時点で桜はちょっとなぁ……、と思ってしまいます。相手の武技武装に関する情報が全くないのに寝技に持ち込むのは、余りにも無謀すぎます。龍之介君が戦い慣れて無く、竹刀一本であったから良かったものを……。腕一本を犠牲にしてでも命を取りに行くような相手であったら桜は確実に死んでいます。桜が最初にかけた腕ひしぎ、並びに龍之介君の肩を破壊した後十字は「地面を利用して初めて技にかけることが出来る」ものですから、戦い慣れた人間なら腕が伸びきって落下する前に腰刀で片腕にがっしりへばりつく桜を三回くらい滅多刺しにすることが出来ます。何せ、あの体勢では桜の脇腹が完全に無防備ですからね)。しかし桜は何故、立ち関節や極め投げを使わないんでしょうねぇ? 少し不思議です。擒拿術とかは知らないんでしょうかね? 桜が習得しているコマンド・サンボは逆に、私の方がよく知らないのですが、立ち関節は絶対にあるはず……。
     と、話がずれました。龍之介君には傷を完治して、万全の状態で色々な技法を見せていただきたいです。猪口安吾師範が大活躍過ぎるので、師範にはささっと敵を片付けて戴いて(負けるは愚か、負傷で戦線離脱も許しませんよ、安吾師範!)、次巻では他流の技も解説されることを願います!

     あ、ちなみに現代柔道って「体重をかけて立ち関節をかけることが許されない」んですよ。しかもかけて良いのは肘関節だけ。これでは小手返しも何も出来ません。脚関節も脚絡みも手首も全て無しです。どうせいっちゅーんじゃい。体育の授業では送り襟締めもかけられないというとんでもなさ(良い体勢になったのでかけたのですが、相手が参ったの仕方を知らなかったので落としかけちゃいました)。相手に怪我をさせずに取り押さえるなら、寧ろ関節しか無い気がするのですが……。
     講道館柔道が強かったのはそこですよね。「加納の子天狗」西郷四郎、「鬼横山」こと横山作次郎は古流柔術を極めた上で更に、合理の加納治五郎流を学んだのであそこまで強かったのでしょう。「柔道の神様」三船久蔵は横山作次郎の直弟子で、合気道や空手などの他武術とも盛んに交流を行いました。「柔道の鬼」こと木村政彦はグレイシー柔術の猛者で無敗を誇ったコンデ・コマの直弟子であるエリオ・グレイシーに、僅か2Rで彼の全盛期に於いて唯一となる黒星を付けました。そのコンデ・コマこと前田光世も柔道着着衣の異種格闘戦で千勝無敗の戦績を誇ります(前田は対外試合にて、現代柔道では禁じ手である膝十字固めも使用しております)。
     講道館柔道が実戦でも化け物じみて強かったのは正直、この時代くらいまでではないかなーと個人的には思っております。殊に木村政彦については時代としてロス五輪金メダリストの山下泰裕と比べられることが多いのですが、両者の全盛期を知る人間は皆「木村が最強」と断言しております。「我々の時代は木村さんと試合をするのではなく、木村さんを相手にして何分間堪えられるかが論点だった」と言わしめるほどの強さを誇った木村政彦ですが、彼の後の時代から日本柔道界の凋落が始まります。
     剣道も実は同じような感じでして、前のコメントで述べたとおり私の戦闘術は体術を基本としていますので剣道は全く目にしていないのですが、剣道に関しては竹刀と防具の普及が江戸期ですから、はてさていつから凋落し始めたのか。一方で幕末には河上彦斎の様な卓越した剣人も輩出しておりますから(彼は我流の剣術使いでしたけれどね。壬生狼の天然理心流も本当に強かったのかどうかは分かりませんが、隊長各生存者で手記を残した永倉新八によれば、やはり新撰組が強かったことは間違いなさそうです。但し、永倉新八は天然理心流ではなく神道無念流ですが、同じく新撰組として維新後まで生存した隊士の阿部十郎は「一に永倉、二に沖田、三に斎藤一の順」と語っており、何とこの永倉新八、基本は防御の型で後の先を取る下段の構えを最も得意としたとか。下段の構えは身体が脱力したままで構えられるため、恐ろしい程に美しく、何処までも余裕が見られます。下段構えを習得した人間は私の尊敬の的なので、沖田に土方と騒がれる中で、密かに永倉を慕い続けている私です)、如何ともし難いですね。逆に、「本物の活殺術が世に潜んだ現代にこそ、何処かに強者がいるのではないか」という期待が一方であります。

     個人的には虎春と龍之介君のファースト・コンタクトがとても気になります。病むのか、デレるのか!? 我々にとってはそれのみが問題です……。「しなこいっ」は十巻程、続いて戴きたいですね。
     しかし、跳ね馬や雲耀といった独自の歩法が登場しているとなると、縮地法とか無想剣、無拍子などの呼吸や足捌きに対する古流奥義は登場しないのでしょうかね? かなりわくわく。

    コメント by Mya — 2009/9/12 土曜日 @ 7:00:43

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